|
もう数年前のことですが、子どもの感性に胸打たれた一つのエピソードをお話します。
まるい形の果物が机の上にモチーフとして並べてあり、これを描画するアトリエ活動があった日のことです。
四歳のKちゃんの描いた絵には、モチーフにある赤いりんごがありません。
「Kちゃん、りんごは描かなかったの?」
私がKちゃんにたずねると、「これ!」と言って指差したのは、黄色く塗られたヘチマの形でした。
「Kちゃん、りんごは赤くて丸いだろう」
「うん」
うなずいたのをいいことに、私はへちまの形をした黄色いりんごを丸く描き改めて、赤く塗り直しました。
「ほら、りんごはこう描けば描けるんだよ」
そう言ってKちゃんを振り返ると、悲しそうな顔がゆがみ、眼から涙が流れ落ちました。
「ごめん、ごめん、Kちゃんは黄色いりんごを描きたかったんだね」 |
Kちゃんはハラハラ涙を流しながら小さくうなづきました。
「悪かった、悪かった、いま直すからね」
私は必死になってKちゃんが描いたように塗り変えましたが、やはり元通りの雰囲気はなかなかでませんでした。
「ごめんね、これでいいかな」
Kちゃんは小さくうなづいてくれました。
その日、活動が終わってから、私はKちゃんの絵を壁に貼って、見入りました。どうしてりんごを黄色いヘチマの形にしたのか知りたかったのです。ずっと見ているうちに気づきました。一枚の絵として、そこにその形と色があることは少しも不自然ではありませんでした。私はりんごという存在に意識がとらわれていたのでKちゃんの感性を受け入れることができなかったのです。
心ないことをした自分を恥じました。
このことがあって、私は子どもの感性をそのまま謙虚に受けとめることがやっとできるようになりました。Kちゃんとの出会いがあったおかげです。 |