「1歳児がモザイクであんなに夢中に遊ぶなんて思ってもみませんでした」
保育園の主任の言葉です。まだ乳の臭いが抜けきらない子どもの集中力に私自身も目を疑いました。
同じモザイクを痴呆の老人が取り組んだ時のことをデイケアセンターの所長にお聞きしたことがあります。
「1分もじっとしていられないお年寄りに、はじめて与えてあげた時、15分もモザイク遊びに集中したんです。そんなのはじめてのことです。感激しました」
保育者養成校で学生たちに遊ばせると、学生たちは例外なく色と形の美しさに心を奪われて、時間を忘れます。
このモザイク遊びの中でわたしは秩序(必然)の美しさを通して調和を感じとる感性を育ててほしいと願っていますが、1歳児から青年、そしてお年寄りまでが夢中になる理由はなんなのか、自分で創っておきながら改めて考えてしまいます。
人間の本質に根ざしたものは年齢を超えて魅きつける、そうとしか思えませんが、その本質である調和と必然への希求を、もの心がつく頃から、年老いて意識が不明瞭になってまで求めていることにやはり驚きを覚えます。
とすれば、“人間が希求しているものは誰しも同じ”という今さらではあってもダイナミックな人間信頼の結論に導かれます。
童具がそのひとつの事例を導き出したことに、なぜか襟を正す思いがします。 |